桜の下の
それから我は、毎日桜の下で柊を待った。
次に柊に会えたのは、桜も散りかけた1週間後だった。
あの日、無事に見つからずに部屋へ帰れたものの、疲れたのだろうか熱で伏していたという。
渡した薬草は、うまく言って女御に煎じさせ飲んでいるという。
即効性のある薬草ではないから、時間はかかるだろうが、今回はいつもより熱が早くさがったと柊は笑顔を見せた。
「貴方のおかげです。貴方にお会いできると思い、床でも頑張っておりました」
柊のその言葉に、我は嬉しくなった。
柊と会える夜。
しかし、二人を出会わせた桜はもう終わりになる。
今は葉が目立ちはじめ、花はかろうじてなんとか残っている程度に過ぎない。
桜の花が終わったら、柊とはもう会えないのだろうか。
情けないことに、我は柊を喰らうつもりなど、毛頭ないのに、柊との関係を切りたくないと望んでいる。
バカなことを…。
元々が相容れぬ、鬼族の我と人間の柊。
そう、相容れぬ存在だ。
我々鬼族は、人間を生きるための糧にしか思っていない。
そして、人間は鬼に喰われることを恐れる。
自然界の当然のしくみだ。
なのになんだ?
我は、柊との間の、脆い関係を保ちたいと願っている。
それは、鬼である我が人間に対して抱く感情ではない。
そして、それは、柊が我を人間と思うてくれているから成り立っているのは承知だ。
それなのに、我は何を思っている。
柊との関係を保ちたいなどとは。
そんな苦悩をしながらも、我は桜の花びらの最後の一枚が散るまで、通い続けるつもりだ。
柊が桜の木に来なくなるまで…。
柊から切られるのは仕方がない。
しかし、我から二人の間の儚い関係を切るのは嫌だったから。
ある日、我はうとうととした。
縁側に座り、柊を思い、外の山を見ている時だった。
いや、うとうとした、というのは的確ではないだろう。
起きている意識はあった。
しかし、我の脳は誰かに呼ばれていた。
我は目をつぶり、意識を声の方へとやる。
そこは、一面の花畑で、柊が一人でたたずんでいた。
涙を浮かべ、消え入りそうな声を発していた。
「父上さえ訪れない屋敷。誰も味方なんていない。私は一人。誰か、誰でもいいから、私を必要だと言って。必要のない命ならいらない。あの方もそう思うのかしら」
我は、気配を消してその言葉を聞いていた。
父上も母上も訪れない屋敷。
そこに、温かい居場所がないのは容易に想像できる。
しかし、味方もいないとは?
何故、柊はそう思うのだろうか。
単に寂しさから来る言葉なのだろうか。
「なぜ、味方が誰もいないと思うのだ」
我は声をかけた。
その声に、はじかれたように柊は振り返った。
「なぜ、貴方が?」
「そなたが呼んだのであろう?だから我は来た」
柊は不思議そうに我を見た。
「私が貴方を呼んだと何故わかるのですか?」
人間に、"呼ばれたから"などと理解できるはずがない。
我は一人で苦笑した。
「貴方はわかるのですか?」
柊は不思議そうに我を見る。
「貴方は…何者ですか?人間に見えるけど、何かが違う…」
その言葉に、一瞬蒼くなった。
何かが違うなど、何故そう思った。
柊は、感じているのか?
我が人外だと。
「いいえ、貴方がどんな存在でもいいのです。貴方は貴方ですから」
間違いない。
柊は我が人間ではないと、どこかで感じているのだ。
我は柊と会ってから、人外の存在であることは消していた。
それ位、簡単にできる。
そうでないと、人間を糧とする鬼は餓えてしまう。
もちろん、通りがかりに喰らうような鬼は、そのようなことはしないだろうが。
しかし、その消したはずの鬼としての存在を柊は感じている。
それは、はっきりしたものではないのかもしれない。
だけど、少なくとも、人外であることは感じとっているのだ。
我は何も言えなくなっていた。
そんな我に、柊は小さく微笑んだ。
「貴方がどんな存在であれ、私の敵ではない。屋敷にいる誰よりも、私の近くに感じるのです」
「そなたの回りにも、そなたを案じる者はあろう」
やっと言葉が出た。
そんな我の言葉に、柊を少し悲しそうな顔をしてから、俯いて言った。
「私の回りには、計算の上で案じてくれる者しかいません。私の父に取り入ろうとする者ばかりです」
柊の父に取り入る者ばかり…。
あの屋敷の大きさ、柊の身なり。
どれを取っても庶民の者ではないのはわかっていた。
しかし、そこまでして取り入ろうとするのは、並の貴族ではないのだろう。
自分の家を大きくするため、偉くなる為に上の者にあげへつらう。
そんな者どもに囲まれているというのか。
「私の命を惜しむ者など、誰もいません」
そう呟く柊は、いつもより小さく見えた。
「生きたくはないのか?誰も案じないから、生きたくないというのか?誰の為でもなく、自分の為に生きようとは思わないのか?」
いや、無理もないのかもしれない。
身体が悪く、いつどうなるかわからない。
そんな中で、生きる望みを持てというのは無理かもしれない。
けれど、我は言葉を止める事ができなかった。
「桜の花も儚い命だ。それでも、短い時を一生懸命に生き、精一杯輝こうとしている。我は、そなたにもそう生きて欲しい」
桜の花が散り、柊と会えなくなろうと、我は柊に生きていて欲しい。
そうすれば、また再会することも叶うというもの。
「桜のように…」
我は何も言わずに頷いた。
「また、貴方に会えますか?もし、桜の花が散ってしまっても、またお会いできますか?」
「そなたが望むなら。もし、外へ出れなくとも、そなたが強く思ってくれれば、こうしてそなたの夢で会うことができる」
そう、これは現(うつつ)ではない。
柊の夢だ。
「夢の中で?」
「ああ。そなたが望めばだがな。けれど、そなたが強く望めば、我はこうして来ることができる」
「やはり、貴方は違うのですね。でも、そんなことどうでも構わない。貴方にお会いできるのなら」
やはり、柊は気づいている。
鬼とはわからないまでも、人間ではないと。
いや、我自身が認めたようなものだ。
もし、我が人間であれば、いくら柊が強く望もうと、このように会いに来るのは不可能だ。
柊にとって、これは夢でも、我にとっては夢ではないのだから。
我と柊の間に、静かな時が流れている時、彼方から光の筋がやってきた。
柊が目覚めるのだ。
「そなたの目覚める時間じゃ」
「目覚める?これは…現ではないのですか?」
「現ではない。そなたの夢じゃ」
「現で会うことは出来ないのですか?夢でしか会えないと?」
「そなたが呼べば、我はどこへでも行く」
と、我がそう言い終わった時、柊は目を覚まし、我も目を開けた。
2008.07.13 南瀬りか
小説〜桜の下の2〜